Hatena::Groupfubako

yukatti (snowystreet) on Twitter log このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |

Twitter最新ログ→Yukako MATSUMOTO(@snowystreet) - Twilogをご覧ください。

2012-12-30

映画『レ・ミゼラブル』と縦の移動、神の国、地の国、冥界

| 17:39 | 映画『レ・ミゼラブル』と縦の移動、神の国、地の国、冥界 - yukatti (snowystreet) on Twitter log を含むブックマーク はてなブックマーク - 映画『レ・ミゼラブル』と縦の移動、神の国、地の国、冥界 - yukatti (snowystreet) on Twitter log

映画『レ・ミゼラブル』の視覚的な仕掛けとして、高低差のある場所に双方の人間を立たせ、階段を行き来させることで、階級差や社会的立場とその変遷を表象している。

加えて、そこには

  • 階段の上や塔の上が神の国に近く、下が地の国。「落ちていく」実感。地の底は冥界(ファンテーヌが娼婦をしていた港の廃船、ジャン・バルジャンの下水道)。
  • しかし地の国や冥界にいて「愛」のための行動をとることこそ「神の国」への道だったり?上下運動よりも平行移動?
  • 上に行く、いるほど神に近く、正義に則っている、と考え、それを表現してみせているのがジャベール。冒頭、ドックの上から見下ろす。中盤、塔の上から歌うStars。「地の国」に下りた時、いつもアイデンティティが砕ける体験をする。

追記(2013年1月1日)

映画冒頭からの「縦の移動」による暗示

映画冒頭のこのドックのシーンの最後で、仮出所になったジャン・バルジャンが階段をのぼってドックやドックの底に立っているジャベールをちらりと振り返る。

ここでジャベールの目が動いてわかりやすく示すように二人の視線が交錯しているだけではなくて、

  • 既にこの時点でジャベールは冥界の人であり、
  • ジャン・バルジャンは冥界(地獄?)から抜け出して地の国そして神の国に行く定めの人だった。

という視覚的暗示が与えられている、と捉えるとすっきりするように思った。

このシーンの直後そのままジャン・バルジャンは山に登り山頂に立つ十字架を見、山を下り迫害されて、ミリエル司教のいる教会へ。

ただ、冥界を抜け出す時に振り返ってはならず、振り返ると塩の柱になるとかいうのに当てはめるとちょっと変な気もしてあまり確信は持てない。

移動して視界から消えるジャン・バルジャン

ともあれ、ジャン・バルジャンが何か決定的な行いをしジャベールがそれを目撃して衝撃を受けるところでは概ね、二人の位置関係が入れ替わっていたように思った。だいたいが

  • ジャベールが下の位置に立ち尽くし、
  • ジャン・バルジャンが行いをして下から上へ高い位置に(階段をのぼるなど)、または横?に移動して、ジャベールや観客の視界から消えていく。劇的な音楽とともに。

関連エントリー

2012-12-29

映画『レ・ミゼラブル』は傑作だ。

| 18:18 | 映画『レ・ミゼラブル』は傑作だ。 - yukatti (snowystreet) on Twitter log を含むブックマーク はてなブックマーク - 映画『レ・ミゼラブル』は傑作だ。 - yukatti (snowystreet) on Twitter log

目次

映画『レ・ミゼラブル』に関する自分のTwitter投稿ほかをまとめました。

ミュージカル『レ・ミゼラブル』自体もロングラン公演される名作です。その映画化の本作も素晴らしい完成度のミュージカル映画として映画史に残るだろう傑作、名作になっていると思います。

現在発売されているサウンドトラックはハイライト版で主要曲のみで、全曲収録ではありません(完全版を出してほしい……)。ともあれ、映画のままの歌・音が収録されており、剣を交える音や銃声なども入っているため、映画を思い出してその世界に浸れるものになっています。国内盤CDは歌詞対訳入り。

ツイート

Set against the backdrop of 19th-century France, Les Misérables tells an enthralling story of broken dreams and unrequited love, passion, sacrifice and redemption—a timeless testament to the survival of the human spirit.

no title


大きな地図で見る

しかし、人を感動させるのは歌だけではない。ユゴーの原作に含まれるメッセージが、貧困や犯罪などの悲惨を克服したはずの現代人にも強く伝わってくるからである。

 では、ユゴーがこの作品で人類に訴えようとしたメッセージとはなんなのか?

それは、「愛はたしかに勝つ。だが、愛というものは貰った分だけしか人に与えられないものである。ゆえに、ファンティーヌやコゼット、それにジャヴェールのような、愛を受け取ったことがない惨めな人々(レ・ミゼラブル)を救うには、ジャン・ヴァルジャンに象徴される《だれか》が見返りを要求しない無償の愛を《最初》に与えなければならない。かつてその《だれか》はイエスであった。だが、イエスへの信仰が衰えた現代にあっては、その《だれか》は《あなた》でなければならないのだ」ということなのである。

 原作でも映画でも、その「始まりの愛」は、パン一つを盗んだために十九年間も徒刑場で鎖につながれ、憎しみだけで生きるようになったジャン・ヴァルジャンに銀の燭台を与えるミリエル神父から発するように描かれているが、勘所は、この「始まりの愛」を受け取ったジャン・ヴァルジャンがキリスト教の伝道師となるのではなく、福利厚生施設を整えた工場の経営者として更生するところにある。つまり、現代における「愛」は雇用の創出や働く喜びを伴った社会事業として実現され、その前提から出発して「愛」のリレーが始まらなければならないのだ。

ブログ更新しました。鹿島茂「読売新聞」2012/12/27朝刊 映画「レ・ミゼラブル」を見て|鹿島茂の読書日記

艤装を残したまま15度以上傾いている木造帆船(戦列艦?)を乾ドックに入れるのにドックの水を張らないで船体の下にころも入れずにただ人数を頼みにロープで引っ張る、という冒頭は採石場の代替イメージであるとしても、そのようなことをしたら竜骨が半永久的なダメージを受けるのではないか、とちょっと心配になったものの、ミュージカルの映画化作品としてはおそらく破格の仕上がりであり、歌うという行為を映画的なパースの中に確実に定着させている。そのために採用されたクローズアップの多用は視覚的な迫力をもたらしただけではなく、俳優の演技を間近に観察できるという楽しみを与えることに成功した。

くまのあな: レ・ミゼラブル

関連エントリー

2012-12-27

Twitter最新ログにつきまして(ついろぐ)

| 11:43 | Twitter最新ログにつきまして(ついろぐ) - yukatti (snowystreet) on Twitter log を含むブックマーク はてなブックマーク - Twitter最新ログにつきまして(ついろぐ) - yukatti (snowystreet) on Twitter log

twtr2srcサービス終了に伴い、Twitter最新ログは、ついろぐ

を利用することにしました。今後ここは必要に応じてツイート内容に関係するブログとして使いたいと思います。